★ Ryu の 目・Ⅱ☆ no.153

9月になりました。雨、雨、雨、大雨!被害が心配されます。
行動展受賞に関し、沢山の方々からお祝いのメールをいただきました。
ありがとうございました。

○新国立競技場問題が振り出しに戻ったばかりですが、今度はエンブレムまでもが振り出しに戻りました。
  今回のエンブレム、私は盗用とは思いません。シンプルな要素を使った組合せの場合、似たようなパターンが
生じることは十分あり得ることと考えられますし、アイディアを支える思想性が全く違うと思うからです。
  むしろ、メリハリの効いたいいデザインとすら思います。しかし、その他の仕事に関してはいささか「脇が甘
かった」と言われてもしょうがないようです。これほど悪いイメージが流布されてしまえば、取り下げも止む
を得ないでしょう。
  この神経衰弱的な消耗社会にあって、病的なネット社会の怖さすら感じる事象であったと思いました。

○私の住んでる北杜市ではいま太陽光発電施設の乱立が大きな問題となってい
ます。
市に規制をかけてほしいと住民は要望していますが、動きが鈍く規制をかけることが出来ません。(写真・記事添付)

○安部政権には“民意”や“民主主義”が眼中に無いようです。
安保法案しかり。沖縄辺野古基地移設しかり。
  政治家自らが率先して憲法違反をしようとするこの国の政治。
  米軍の補完勢力として機能しようとする日本。これでいいのか?
  日本独自の外交、防衛のあり方を見据えた真剣な議論が求められる状況に。

○福島の友人より
東京電力福島第一原子力発電所事故について
 7月31日に東京第五検察審査会東京電力の元経営陣三人を強制起訴すべきとしました。また、8月11日には鹿児島の川内原発が再稼働しました。
この大きな事案は、東電の事故後「東電事故調査委員会」は論外として、「政府事故調査委員会」「国会事故調査委員会」「民間事故調査委員会」の結果報告による国、東電の過失を認めた強制起訴であり、その強制起訴にいたった各委員会の報告を無視した再稼働と言わざるを得ません。
福島の教訓を顧みない行動としか言えませんし、今後各原発の再稼働が続くものと憂慮せざるを得ません。新潟県の泉田知事は「福島の事故の徹底した調査報告がない限り再稼働は認めない」と言っています。これが本当の行政の長の姿勢で、「国が徹底的な調査をしないのは、被災者が仕事を失い、人生を破壊された被害まで踏み込むと、原発がとても動かせる代物でないことが分かってしまうからではないか。」と作家の柳田邦男さんは言っています。この夏は猛暑でも電力不足はきたしませんでした。ですから調査報告を分析した後で再稼働をすべきかどうか検討すべきです。
 先日、街頭で「8月6日・9日は何の日ですか?(原爆投下の日)」と聞いたところ、わからない人が多いと報道されました。戦後70年過ぎると「風化」が相当進むことが再確認されました。福島の原発事故も4年5か月しかたっていないのに「風化」が叫ばれています。「風化」が進めば何もなかったことにされ、また事故につながることになります。原発の記憶を持つ・持たせることが「風化」防止になります。
 地震津波を歴史上で検証することも重要で、東電は一万年に一回の地震津波は検証に値しないとの発言があったように思いましたが、400年に3回も地震津波が起きているのですから検証は重要で軽視するべきではありません。


では《Ryuの目・Ⅱ−no.153》をお楽しみ下さい。


◆今月の風 : 話題の提供は岸本雄二さんです。

−水溜り思考−

昨夜雨が降ったからだろうか、真夏でも今朝の大気はひんやり湿っていて心地よい。道も湿っていて所々に水溜りが出来ている。私が好きな光景だ。特に今は風がないので、水溜りが鏡のように空や林を映し出してくれている。私の愛犬(レオ)が直ぐ水溜りに口を付けたので逆さ景色は壊れてしまった。水が溜まっているのは道路の舗装工事が精緻でないということであって深さが高々1センチもなく底までよく見える。昨夜降ってから間もないのに、雨水の中には、もう小さな生き物が動いている。この生命の逞しさ、数時間の命を精一杯生きているこの有様を、宇宙的時間系から観た人間の寿命と比べてみると、水溜りの生物と地球上の人間との間に相通ずるものが見えてくる。
15分ぐらい走って、中学校の運動場へ着いた。そこの400メートルトラックにも小さな水溜りがたくさん出来ていた。平らである筈のトラックの仕上げ工事のレベルの低さがバレた瞬間であった。しかし普段水溜りのないときに走っていて気がつかないのであるから、余り厳しいことは言わないでおこう。水溜りを避けながらレオと一緒にトラックを一週してみた。西側の直線コースに沿って100人ぐらいが座れるアルミニューム製の可動式観客席があるが、その座席にも水が溜まっているし、走り幅跳びの助走路にも空が映っていた。あまり気にしない方がよいと言うことか。

数時間を数百年の系に移相して観ると、砂漠にあるオアシスとは、恐らく水溜りのようなものであろう。そうすると、オアシスを中心にして出来たアラビアなどの諸都市は水溜りの町である。水溜り文明と呼べなくもない。水溜りの周りから、水ならぬ石油が噴出したので、古い水溜り文明が現代に復活したと考えれば、腑に落ちることが多々ある。男尊女卑の習慣、右手が悪いことをしたら右手を切断する、イスラム国を建設すると真面目に考えて行動する人達、等々、現代社会の常識では推し量れない事柄が幾らでもある。
そう考えてくると、アラビア諸国の真ん中にイスラエルというユダヤ教の国を建国したり、それを支持するかしないかで、これまで何度も中東戦争が繰り返されて多数の犠牲者を出してきた。人事ではない。中東戦争を援助するかどうかは、日本の将来に大きく影響してきている。
水溜り思考は意外に世界中を巻き込んでいる。司馬遼太郎の「国盗り物語」的現実がここにある。それだけに夢もあり冒険もある。タリバンを引き連れて果敢にアメリカに抵抗したオサマ・ビン・ラディンはまるでハリウッド映画を地で行ったような現実であった。水溜りで気持よさそうにスイスイと泳いでいるアメンボウはビン・ラディン気取りなのかも知れない。そうとでも考えないと現実感がない。
実際に日本の自衛艦は、戦争中の戦艦や戦闘機の給油にインド洋まで「出撃」したのだ。そのことは現在、日本の自国防衛や他国防衛に関する日本国憲法の解釈に大きな変化をもたらしつつある。

原発再開、石油・石炭発電、二酸化炭素と地球環境、人類の将来図、など、即刻心配しなければならない事柄である。これ等を教育者としての立場から考察すると、気が遠くなるほど多くの課題を提供してくれている。このように豊富な課題を提供してくれている現実をどうして無視できるのだろうか。それとも気がつかないだけなのか。少し建設的に考えるなら、報道機関は目の前の事象に気を取られて、必要な議論や行動を怠っている。(本当は意識の中にあるに違いないのだが?)それがメディアの役目だと開き直って考えれば、悲しくもあるが諦めはつく。
戦後70年の節目に当たって、え?本当にそうなの。何の節目なのだろうか。70年と言えば江戸時代最後の年から数えて1948年、即ち昭和23年であり終戦後3年目である。江戸時代が終焉して70年目にどのような節目があるのだろうか。戦争だけとってみても日露戦争日清戦争、太平洋戦争と多くの節目があった。終戦以来70年経ち、その戦争について、他国から「謝れ」と言われて、国中で首相の談話がどう反応するかを固唾を呑んで見守っている図は余り感心したものではない。70年の間に戦争を何度も経験して領土の大半を失った国すらある。私は石油コンビナート、神武景気、オリンピックなどの経済高揚期に「戦後は終わった」と言う応援歌を何度も聞いた。日本は70年の間に自国の歴史を客観的に理解把握して、それを基に自国の意見を構築し、その内容を教科書にも載せて国民の常識となっていてもおかしくない期間であった。我々はその宿題を未だに果たしていない。北方領土尖閣諸島竹島慰安婦南京虐殺、いずれについても日本人自身が自国政府の客観的研究成果による事実を聞いていないし、知らされていない。韓国や中国から真相究明を迫られても、事実と自信を持って云える内容の声明を聞いていない。明確なる事実が究明されているなら、外国は日本に対して好き嫌いをはっきりと表明できるし、嫌われた場合には、それはそれで仕方の無いことなのである。しかし以上が未だに事実となっていないのは、日本がこれ等に正面から向き合うことを避けてきたからである。70年が節目であると云うのは、早くしないと水溜りが蒸発して消えてしまう運命にある、と言うことなのだろうか。70年前の事実が風化しないように、急がなければ後悔することになる。それとも歴史小説家に一つの物語りとして創作してもらったほうが、劇的で映画化も可能だし、コンピュータ・ゲームにもなるしで…………..冗談である。でも冗談も言いたくなってくる。いちいち他国の気持に左右されて自国の気持を表明すべきではない。これでは本当の友情は育たない。信頼関係を築いて、言い難いことでも言えるような間柄こそ、真の友好国関係と言える。
戦後70年というと、私は70年間も自国防衛を自国だけで出来ない悲しい歴史に想いを馳せてしまう。独立国といっているが、世界の常識から言えば、明らかに独立国ではない。日本は平和国家である、と機会あるごとに言っている。自分から戦争を起こしていないが、世界平和への貢献も十分にしていない。経済、技術、文化に関しては一人前だが、世界平和に関しては半人前である。これが世界の日本感である。
私と愛犬レオはトラックの周りを懸命に走り続けた。急いだ理由は、走りながら考えたことを、水溜りの水が蒸発してしまう前に、要するに忘れないうちに書き留めたかったからだ。お陰で今コンピュータの前に座って厳しくも楽しくキーボードを叩いている。
2015年8月15日  終戦の日 記念すべき日であり気持引のき締まる日だ。 
岸本雄二
後記:政治家には「星の王子様」を読んで想像力を逞しくして貰いたい。真の友情を培うためには、リスクを承知で平和を勝ち取る気構えが無ければならない


◆今月の隆眼−古磯隆生
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−移住生活・その24−

久し振りに「移住生活」について書きます。
移住生活では地産地消をモットーにしています。私の好むアルコール関係では、寛延創業の造り酒屋(七賢酒造)、ワイナリー(シャルマンワイン)、ウイスキーの“白州”(サントリー)が白州の地元で作られており事欠きません。甘味系では明治創業の和菓子屋(金精軒)があり、これも私には“大事”な店、その他、なかなかの味で贈答にも使えるソーセージ店(フランク)等がある。あとは何と言っても安くて旨い地元野菜・・・と、まあ宣伝はこのくらいにしておきましょうか。
移住したことによって始まった日常活動のひとつに畑作りの仕事があります。
もともとそのつもりがあった訳ではありません。むしろ拒否すらしていました。たまたまちょっと手伝うハメになり…次第にのめり込み…やがて虜に。
もうひとつは、移住者の多くが楽しんでいる登山とスキー。これも私には興味のない対象で、特にスキーは学生の頃一度だけトライしましたが、散々な目に遭い、以後私の人生からは除外されました。登山には興味はなかったのですが、愛好家にはなかなか人気の尾白川渓谷(ハードで危険性はあるが、いくつもの滝や渕を眺めながらの渓谷美を堪能)がすぐ近くであり、更に南アルプス連峰の甲斐駒ヶ岳鳳凰三山に通じる、その道の人には応えられないロケーションに居るので、友人がトレッキングに来たいと言った時に全く知らないでは不愛想過ぎると考え、一度だけトライしてみてもいいかなと思い、一昨年、尾白川渓谷トレッキングを試みましたところ…これがなかなか刺激的で…クセになり…毎年の行事に。
共に“自然”を体で感じ取ることが出来るたいせつな機会。
ということで今日は畑の話を。
5月の連休明けから始まった夏野菜作りもほぼ終わり、秋野菜に取り掛かる時期になりました。が…今年の夏野菜作りは全般的にうまく行きませんでした。技術、知識の未熟さは当然のこととして、それに天候不順がカウンターブロウのように効きました。
まず、5月頃収穫の越冬野菜(タマネギ、ニンニク、エシャロット、ネギ)については散々な結果。タマネギについては、七十本程植えたの苗のうち最終的には2本しか残りませんでした。冬の凍結によって根こそぎ持ち上がり、全滅。ニンニクは昨年に比べてサイズが小さく成長不良気味。エシャロットには期待をしてたのですが、野生動物(何ものかは不明)の餌食になり、ほぼアウト。普通に収穫出来たのはネギだけでした。何とも・・・意を取り戻して夏野菜に。昨年同様に、ナス(2種類)、キュウリ、トマト(3種類)、ジャガイモ(2種類)、シマオクラ、枝豆、二十日ダイコン、ラディッシュ、ツルナシインゲン、ネギ、九条ネギ、サツマイモ、サトイモ、ショウガ、ルッコラ…我が家の食卓に都合よさそうな物ばかりが対象です。サツマイモ、サトイモ、ショウガは秋の収穫になります。来客時には、この野菜達が客人を喜ばしてくれる・・・筈でした。しかし…今年の天候はプロをも戸惑わせるもので、況や、私には対応不可。何しろ6月の、日によって異なる極端な寒暖は生育に決定的に影響を及ぼしました。野菜達が戸惑っているようにも見えました。そして7月の乾燥と8月の異常な多雨。雑草ばかりが大喜びで、根の張り方が尋常ではありません。我が家の草刈りも、例年では1シーズン3回程で済みますが、今年はすでに4回。少なくとも後1,2回は必要でしょう。
と言うことでシマオクラ、ツルナシインゲンは時期遅れで何とか収穫。ジャガイモはサイズがイマイチ。その他は我が家の食卓をやっとまかなってくれる程度で、子供達に送るものは無し。それでもご近所の農家の方が野菜をくださるので何とか。
そんな状態で、再度気持ちを入れ直して、秋野菜に向けて準備が始まります。この畑仕事は、豊作であろうが無かろうが、私の生活リズム・体作りにとっては重要な機会です。
眺める対象としての“自然”から、中に入ってその一員として生きていられる対象としての“自然”を体感する。私にとってその具体が畑作りであり、トレッキングである訳ですが、限りなく五感を刺激してくれます。


◆今月の山中事情113回−榎本久・宇ぜん亭主

スマホ社会−

スマホを大事そうにしている中学のA君と話をする機会があった。
私のところには柱時計が二つある。使用していないので振り子は止めている。ということで専ら装飾用として柱に掛かっている。壁掛け用が一つあり、これは使用している。丁度柱時計と柱時計の間に取りつけている。
少年は腕時計はしていず、時間を知るのは当然スマホでであった。壁掛けの時計が十二時になった。針が重なった。少年はスマホをチラッと見て、時刻を言った。そして曰く「時計は針が重なると正確な時間がわかりにくいのでスマホの表示を見た方が、早く、正確に確認出来る」という答えが返って来た。なるほど至極ごもっともだ。
最近の子供は時間についてそのように考えているのかと同時に、時計を見ることをおっくうになっているのかとも思ってしまった。
この頃の世の中はなにごとも速くコトが運ぶようになっている。(最たるものは選挙速報や宅急便か)あらゆる機械や道具も、その要求に応え、どんどん進化している。アナログの私は、我々の重視していた「勘」や「憶測」などはもはや一切通用せず、正確に呈示されたもののみが最優先される。
少年との会話によっていみじくもこの時代に同列している私は、時代錯誤を感じつつも、そこかしこの機器を押したりつまんだりして、とりあえずこの社会に参加している。世の中は私の間尺ではもう動かず、幼児まで組み込まれたデジタル社会が当たりまえの暮らしになっている。そのことをようやく解って来たが、その履行は心もとない。
ケイタイからスマホへ進化して久しいらしいが、その部分をとらえただけでも私はその少年にどんどん離されて行き、何ひとつ彼より優位性を持つものはないのである。だが、それをしない、出来ないと言うことはどれほどの罪で、どれ程の悲しみなのかと問えば、私は決してその責を負う必要はないと思う。たまたまデジタル時代の世に遭遇してしまっただけのことで、出来ない者が容赦なく切り捨てられても、そのことを深く考えるか、どうでも良いと思うかであり、それぞれだと思う。
いつの世にもそういうことが起こるものだと思えば、取捨選択をするしかない。
そう考えさせてくれた少年との出会いはとても意味があった。

宇ぜんホームページ
  http://www012.upp.so-net.ne.jp/mtd/uzen/


◆Ryu ギャラリー
 今月の一枚は第70会記念行動展に出品しました3点の内の一つです。
個人的にはこの作品が入賞するのではと思っていました。
今までとは違った表現を試みました。
 タイトル:大地の目覚め/香具夜
  サイズは194cm × 162cmです。
  (パステル+アクリル絵の具)
  お楽しみ下さい(写真貼付)。