★ Ryu の 目・Ⅱ☆ no.108

師走を迎えました。一年の早さに気持ちがついて行きません。
3.11の未曾有の大地震が日本全体を包み込んだ一年でした。
一人一人の心の中に深く刻まれた年でした。
政治の停滞が際立った年でもありました。
原発被害の拡がりは想像を超えて深刻な状況です。

よい年をお迎え下さい。来年も宜しくお願いします。
では《Ryuの目・Ⅱ−no.108》をお楽しみ下さい。


◆今月の風 : 話題の提供は岸本 雄二さんです。

−幻影−

紫色の電子が海の中で舞っている。上からやっと届いたばかりの微かな太陽の
光が、紫色に巻きついた。スローモーションで観る映像のように、電子が暴れ
てもがいて遂には弧を描きながら暗く不透明な下方へと沈んでいった。あとに
はまた元の静かで平和そうな光だけの舞踏のような、黄色い電子と緑色の原子
が抱き合って水中ダンスを始めた。と、そのとき一羽の蝶が青い大きな団扇の
ように身体全体をひらひらさせながら水中ダンスの周りを飛遊し始めた。
私は何を観ているのだろうか。氷のような醒めた目で、真夏のように熱い心で、
万力のように強い力で手を握り、あたかも自分が水中ダンスをしているような
気持ちで幻想的な光景をただじいっと見つめていた。目に涙が浮かんで光景が
ぼんやりとして歪んで見えた。どうも私の腰掛けている椅子が電子や原子に混
ざって舞いながら回転しているようなのだ。そのとき、団扇のような蝶が私の
座っている肘掛け椅子の私の手首の上に飛んできて留まり、大きな青い羽を縦
に合わせて動かなくなった。しかしその目を見ると、どうも私のほうを見てい
るようだ。見ているだけではない。何か話したがっているようだ。何か訴えて
いるとも取れる目つきをしている。眉毛のような触覚と小さな口とを動かして
何かを表現している。何も聞こえないので、視覚に頼るしかない。すると、目
を透して頭の内部から直接に聴覚に語りかけてきた。蝶はこういっていた。

「空気は薄汚れて腐ったような匂いで一杯でした。私の友達は半分ぐらいが病
気になり、飛べなくなってしまいました。鳥も殆どが飛べなくなり、半分以上
が木に止まっていることもできなくなってしまったようです。人間は皆建物の
中に隠れてしまい、その建物からは汚染物が吹き出てきて空気や地面を急激に
腐らせています。私は死ぬ思いで海に舞い降り潜ってみました。海のうわずみ
のような海面から10メートルぐらいは何となく汚れていいましたが、ここは
綺麗で臭いもしないし、不思議と呼吸も視力も飛遊力も空気中と同じように使
えています。光のダンスもはっきりとみえました。ここが最後の楽園なのでし
ょうか。」

この蝶は綺麗なものに餓えている。私だってそうなのだ。この幻想的な電子の
水中ダンスは、私のイマジネーションでなければいいのだが。蝶に語りかけら
れて少し自信がついた。これが現実だと思えば現実であり、そう思い込み続け
る力が私にあるだろうか。この力のつけ方は人によって、文化によって、民族
によってろれぞれ異なるかもしれない。何でも修行として考えがちの日本文化、
科学的トレーニングの好きなアメリカ、酒を飲めば解決すると考えるロシア、
など色々な対処の仕方があるが、幻想と現実をコントロールする方法は、むし
ろ御伽噺的思考でいくのが早道ではないだろうか。しかも意外に子供の御伽噺
は世界中でシェアできそうだし、文化や言葉に振り回されないで済みそうだ。
これは創造と想像の世界だからである。
電子の海中ダンスによる世界選手権大会や、電子の海中野球などがあれば、私
などは夢中になれそうだ。そうだ電子の海中マラソンをしてみたい。恐らく兎
よりも亀のほうが早いだろう。私はランニングで足腰を痛めた時にスイミング
プールで水中を走って、浮力で軽くなった身体を痛めることなくランニングの
練習をしたものだ。海中マラソン、これはいける。人生まだまだできることが
ある。海中ダンスとマラソン大会を夢見て、今夜もゆっくり寝れそうだ。おや
すみなさい。
2011年10月5日  日本への旅行準備中に、遊び心が顔を出した。
岸本 雄二


◆今月の隆眼−古磯隆生

−住処探し・その23−no.108 12月
2009年5月、連休に予定した東京からの引っ越しも無事に終わりました。
これからの片付けがまた一作業です。
引っ越し後の楽しみの一つに、出来たばかりでまだ梱包を解いていなかった
ダイニングテーブルの組立と、これまで愛用してきた椅子(ハンスヴェグナー
のYチェアー)とこのテーブルとの調和の具合がありました。
このダイニングテーブルは、妻が若い頃裁縫台として使っていた長さ一間程・
幅二尺四寸程のなかなかいいトチの一枚板があり、何とかこの板をテーブルと
して再生させたいと思ってデザインしたものです。以前、この板を見つけたと
き、将来何かで使えそうだからと貰っておいたもので、我が家でずーっと眠っ
ていました。ダイニングテーブルの天板は長さ180センチ・幅91センチ・
厚さ5センチで、脚は9センチ角の角材4本の組立式で、全てムク材です。天
板にはトチにヤマザクラを足し合わせて幅を確保し、脚にはセンの角材を使用
しました。
厚みのある一枚の四角い板に4本の四角い脚が付いただけの極めてシンプルな
デザインで、樹種・木目の面白さを楽しむことを目的にしています。脚のセン
のムク材には自然に出来た虫食いが数箇所ありましたが、あえてそのまま現し、
シンプルなデザインのアクセントにでもなればと考えました。
それぞれの部材はそれなりの重量がありますが、組立は極めて簡単で、しっか
りした鋳物の金物をボルトで締め付けるだけです。天板は手触りがとても柔ら
かく、両手を載せるとその触感に何とも言えない落ち着きを覚えます。塗装は
オイルの拭き取りですから、木肌の触感が直接手に感じられます。大成功!!
気になっていたハンスヴェグナーのYチェアーとのデザインの調和も悪くなく、
違和感はありません。吹き抜けの空間にすんなり収まってくれました。余談に
なりますが、竣工後のお礼の会の時、設備工事を担当してくれたNさんがこの
テーブルを目聡く見つけ、賞賛してくれました。こういう密かな喜びを自分以
外の人が気付いてくれるのはとてもうれしいものです。
もう一つの楽しみは薪ストーブの設置です。次回はこのストーブの話をしたいと
思います。
つづく


◆今月の山中事情68回−榎本久・宇ぜん亭主

−「人」と「人」・「人が」「人に」−

−1−
S君とS君に二年振りに会った。その間も電話では連絡をとりあってはいたが
互いに会うチャンスが仲々うまく行かないでいた。回復したとは言え我が身を
軽んじるわけには行かず、遠出をすることは控えていた。ところが古磯さんの
絵が国立新美術館で催されている展覧会に入選された機会をとらえて、共通の
友人であるがゆえ現地集合で再開が実現した。
多くの作品は強烈な色彩を放つか、大胆な構図で見る者を誘うが、古磯さんの
作品は静謐かつおとなしい。許容範囲のデフォルメは、ゆっくりとした気持に
させられた。パステルの持つやさしさかもしれない。それと作者の性格ゆえの
ことかも知れない。
一巡後「それでは皆さんさようなら」とはいかず、結局六本木の裏通りを彷徨
しようとしたのだが、すぐに「デンマーク料理はいかが?」との妙齢のウエー
トレスが声をかけて来た。そしてすかさず二の矢を放った。「お安くします」。
その掛声にオヤジ達はゲキチンしていそいそとその店について行くことになっ
た。すぐに「ブランチ」の宴会が挙行されたのである。その様は七、八年前ま
での東京での暮しそのものだった。そう、いつもこんな形であちこち出没して
いたのである。ただし一つだけ同じでなかったのは、私が全く酒を飲まず食事
の制限をしていたことだ。
かつてはあびるほど飲み合っていたが、今の私を気づかって一切の無理強いは
なかった。うれしいような、悲しいような気分であったが数時間の「かつて」
を味った。
もう十年近くも離れているにもかかわらず変わらぬ交遊をさせていただき大変
ありがたく思っている。「人」と「人」の関わりを感じたその日だった。

−2−
医大に定期検査に行った。
目の当たりに展開する姿を見た時、二年前の己のことを思い返した。検査の為
MRI室の暗い通路の待合室に座っていた。MRIが異様な音を出して前者の
脳を分析撮影しているのが聴える。そこへ入院患者と思召しき男性の老人がベ
ッドに寝かされたまま運ばれて来た。若いナース三人は丁ねいな言葉づかいと
やさしい振舞い、そして何よりも安心感を与える様な所作は、かつて私もその
ようにしていただいたことを思い返さないわけにはいられなかった。
見ず知らずの人に対し彼女たちは最上の心で接し、医療そのものを越えること
を、ごく当たり前のように業務としてこなしている。
医師、ナース、技師の連帯無くしては医療は成立しないが、彼女たちの行為は
奉仕の精神そのものと見えたのである。将に「人が」「人に」施す崇高な姿が
そこにあった。
どの業態にも当てはまることだが、利益の追求をすべての従業員に徹底させた
ら、医療そのものの姿は、もっとギスギスとなる筈だがここではそれが見えな
いのである。私の目の前の事象は、私の身もそこに委ねているだけに、あらた
めて安心を覚えひそやかに喜んでいる。
その後の検査の結果も黒帯は見当たらずと医師に告げられた。

−3−
想像だにしなかった大地震津波被害。この年は、誠次・経済・文化・芸能に
至るまでそのことに終始した。普通に「生きる」ことを脅かされ、改めて「生
きる」ことを深く考えなければと思わされた。「命」以外一物も必要ではない
ことが瞬時に起きたことを大きく私達に暗示した年だったのです。
恙無く暮すことも含め、今一度立ち上がって我が身のことを考えなければなり
ません。
この一年山中事情を御覧いただきありがとうございます。
皆様には元気に新しい年をお迎えいただきますことを願っています。

 宇ぜんホームページ
  http://www012.upp.so-net.ne.jp/mtd/uzen/