★ Ryu の 目・Ⅱ☆ no.99

三月になりました。
つい数日前に白州では、水分をたっぷり含んだ大雪が降りました。
テレビでは河津桜を映し出しています。
三寒四温、春の近づきを感じるきょうこのごろです。

では《Ryuの目・Ⅱ−no.99》をお楽しみ下さい。


◆今月の風 : 話題の提供は岸本雄二さんです。

この稿は一昨年の6月に書いたものであるが、古くて新しいどこでも通用する内容で、特に菅政権の末期的状態の今、足の引っ張り合いばかりしている日本の政治家たちが、陥りやすい罠であり、そうならないでほしい、という強い願望を込めて読者に読んでもらいたい、と思った。
2011年2月25日、クレムソンにて、 岸本雄二

−渦−
サウスカロライナ州知事が先週、消息不明になり、一週間後にひょっこり帰ってきて、州庁舎で記者会見をした。アルゼンチンはブエノスアイレスの愛人に会いに行っていた、と告白した。共和党州知事会議の議長を辞任する、と発表。しかし州知事は辞任しないと宣言。さあ、スキャンダルとゴシップの渦また渦。翌朝のNBC全国テレビニュースのトップを飾った。この熱風はしばらく続きそうだ。
私たちの心のなかには、スキャンダル、特にセックス・スキャンダルを好む箇所があって、常に興味本位に何か餌食はないか、と探しているようだ。建前はどうであれ、本音は、そのようだ。狡賢いニュース・メディアはそのことを知っていて、意図的に刺激を送り続ける。ポルノと基本的には同じである。公人である政治家として、あるまじき行為である、と決め付けて、賢人君主のふりをするメディアが何と多いことか。

十分な情報を持たない一般市民は、マス・メディアにとって都合よく解釈されたゴシップで踊らされ、興奮したり怒ったりさせられている。全くいい迷惑だ。これが政治に関係している場合、反対党は、この機会を利用して、ここぞとばかり攻撃する。三流、四流紙のレベルに落ちた、議論がなされ、一億総白雉化となる。残念ながらこの図式は、古今東西余り変わらない。
この渦の中にいることは楽だ。しかし、もし、真に「誇り」があるなら、自分を渦の外に置いて、渦を大きな視野から眺めてみてもらいたい。人はそれぞれの才能を認められて、それを提供して、仕事をしているのだ。よって、その才能以外は、大体において個人的な問題に属し、それを公にして話し合うことは、一般に控えた方がよい。それこそプライバシーの侵害であり、ゴシップ製造販売機に成り下がる。そのプライバシーの領域で問題が起きた場合、公の立場での判断力、決断力、実行力に影響がない限り、その問題をもてあそぶことはない。但し、影響あり、と判断した場合は、特に税金で雇っている公人の場合は、自分の意思表明を十分にして、事態改善に向けて努力すべきだ。自分の意思表明には勇気がいる。十分に意義ありと認めたら、その線を押し通して、自分の意見は曲げない方がよい。

瀬戸内海の渦をテレビでじっくりと見たことがある。近くで見ると大きな渦に飲み込まれそうな恐怖心に駆られるが、離れて空中から見ると幾つもの渦が隣で影響しあい、怖いというよりも面白いパターンになって見えてきて、個々の渦はそれほど珍しくもないことが分ってくる。州知事の横恋慕ドラマも巷のそれと大して変わるものではなく、メディアの卑しい発想と政治的意図とが露骨に見えて何とも寂しくなってくる。読者や視聴者の弱点をついて卑しい深みに引きずり込む渦の力を持つメディアは、もう少し襟を正してはどうか。日本でも総選挙が近い。政治家は有権者に下品な渦を仕掛けて、醜い足の引っ張り合いに巻き込まないよう心がけてもらいたいものだ。
2009年6月27日 クレムソンにて、 岸本雄二


◆今月の隆眼−古磯隆生

−住処探し・その18−

建築工事に関しては当初、白州では冬の時期の工事は行われないのではないかと心配していました。冬の降雪や寒さが工事を妨げると想像していたからです。ですから、冬に入る前に屋根・外壁の工事までを終了しておくか(冬の間は内装工事のみ行う)、それが間に合わないのであれば冬が明けてから着工するかのどちらかだろうと推測したのです。これは移住計画にとっては予定を立てにくい要因でした。着工を早くするにはこちらの準備が整わないし、遅くすれば予定よりも半年は遅れることになります。移住の話が具体的になってきた時点で現地の建築関係者から情報収集した結果、地盤が凍結する前に基礎の工事さえ終わっていればその後の工事はよほどの悪天候でもない限り普通に進むことがわかり、ひと安心させられました。この年(2009年1,2月)の降雪も大したことはなく、現場に通ってる間で雪に遭遇したのは1,2度程度で、それも大した雪ではありませんでした。寒さも相当かと覚悟していましたが思ったほどではありません。寒さが苦手な私にとってはホッとするところです。

3月に入り、工事の方は若干の遅れはあるものの順調で、予定の4月中には何とかなりそうです。3月、4月は建物の仕上げに向けて様々な職種の工事が一斉に行われますので、現場はとても賑やかになります。その頃になると大工さんの仕事はほぼ終わりになるので他の職方にバトンタッチというところです。大工仕事がきちんとしていたかどうかが試される時期でもあります。大工仕事がきっちり出来ていればその後を担う各職方の仕事も自ずときっちりしてきます。いい仕事が成されていれば、職人同士相通じるものがあるのでしょう。いい意味での緊張感が現場に持続されます。

木造住宅の場合、その建設には多くの様々な職方・職人が関わりますが、中でも大工はその中心です。基礎の工事が終わると大工工事に入りますが、全体から細部に至るまでを支配するのが大工仕事です。大工は木材に関することだけでなく、建物の全体を理解・把握し、様々な職種(職方)の仕事を理解しておく必要、つまり、「読み」が必要とされる訳です。大工の仕事を受けて、各職方はそれぞれの仕事に入って行くわけですから大工さんの技量はとても重要です。
最近は仕事の分業化が進み、建築材料の工場製品化が拍車をかけ、大工でも全体を「読む」ことが出来ない人が増えてきています。その意味では、日本の伝統的な技術力の劣化と言えるでしょう。
工事は終盤に入りました。5月の連休あたりを引っ越しの時期と考えていましたので、ぼちぼち引っ越しのことも考えねばなりません。
つづく


◆今月の山中事情59回−榎本久(飯能・宇ぜん亭主)

−損と得−

この店を閉鎖することを決断した。
都会では出来得なかった自分の想いを八割方叶えられ、本業以外にもウイングを広げ、それなりに奮闘してみた。100%を目論んで居たが魔物が潜んでいた。
予期しなかった病気になってしまったのだ。
すべての拘りを捨て、今後のことをも考慮し、山中での営業を断念し、改めて仕事に関わる一切の条件を有する処を探すことにした。病にはかなわなかった。幸い希望価格で買って下さった御人が現れ、天啓と思っている。と言う訳で、ふと人生の損得勘定をしていた。
おもえば今日までの人生、この言葉は使いたくないのであるが、物質的にも経済的にも精神的、肉体的にもずいぶん「損」をして来た。「得」したことだってある筈だったが「損」の存在が大きくて想い出せないでいる。物質的、経済的というのは、お金での換算で流動的側面もあり取り返すことが出来ても、精神的、肉体的損失はお金では贖(あがな)えない。これを取り戻すには気の遠くなる時間を要するようだ。

一般的に言えば、人生「損」「得」の連続でなされているようで、取り立てて私だけが言う科白(せりふ)ではないのだが、それが博打の“チョー”“ハン”の連続だったかと問われれば、それとも違う。基本的に人生を渡るにはやはり本人の資質が根幹であるが、「損」をしたくなくて既定路線を歩んでも「損」の出現はある。
私のように自由業はそのリスクが多かったからそんな気持ちになったのかと思っている。単純に「損」と言ってもそこには当然意味のある「損」も介在した筈で、「ボロ損」の認識は金銭的な部分だ。
何事に付けても小さな人生である(あった部分もある)ので、大きな火傷はしていないが、私なりには決して小さなそれではなかった。
無からの出発は十を成し得た時の高揚感は晴れがましかった。やがて百になり千、万と続く達成感は、時に、自分ではない気がした。世の中の移ろいなど全く無頓着だったがゆえ「損」に気づいていなかった。その後それを味わって今の私が居る。だからと言って無になった訳ではない。
もう一度熟慮してみたら、その比重は五対五ではないかと思い直した。そして再度考え直してみたら、この世に復活したのだからその比重は“得”の方が多いのではないかと思っている。


 宇ぜんホームページ
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