★ Ryu の 目・Ⅱ☆ no.73

明けましておめでとうございます。
本年も「Ryu の 目」を宜しくお願いします。
東京の三が日は晴天に恵まれ、穏やかに新年を迎えました。
厳しい一年の始まりです。めげずに元気を出しましょう!!

では《Ryuの目・Ⅱ−no.73》をお楽しみ下さい。


◆今月の風 : 話題の提供は弁護士の藤原 隆宏さんです。
今年から始まる裁判員制度に関連してお話を提供いただきました


−弁護士への2つの質問−

古磯さんは、私の高校の先輩です。早いもので、私が古磯先輩の知遇を得てから10年、弁護士になってから21年になります。これまでに、弁護士として多くの方々から尋ねられた質問が2つあります。1つは「専門は何ですか?」という質問です。これは初対面の方からは、まず例外なく尋ねられる質問といえます。
おそらく、初めて弁護士という人種に会い、話題に困ったときに尋ねる質問としては、最も無難だからだろうと思います。古磯さんからも、やはり初めてお会いしたときに「専門は何ですか?」と尋ねられました。私は、弁護士になって以来、建築紛争や不動産取引を中心に仕事をしてきましたので、それ以降、古磯さんに建築のことについて色々とご教示いただくようになり、親しくお付き合いもさせて頂くようになりました。

そして、もう1つの質問は「どうして極悪非道な殺人犯にも弁護士がつくのですか?」あるいは「どうして極悪非道な殺人犯に、税金を使ってまで弁護士をつけるのですか?」というものです。この質問は、最近特に頻発している社会を震撼させた凶悪な殺人犯など、誰が考えても到底許すことなど出来ない者の弁護を何故するのか?という素朴な疑問によるものだと思います。もしかすると、弁護士は金さえ貰えば誰の弁護でもやる、金を積めばクロをシロと言いくるめる、というイメージが未だにあるのでしょうか・・・?
この2つ目の質問に対して私は、「それは、正しく刑務所に送るためです。」とお答えします。この答えを聞くと大抵の方は、この弁護士は変なことを言いよるなという顔をされます。(質問された方をもっと驚かせるために、「正しく死刑にするためです。」と答えることもあります。)本年5月からいよいよ裁判員制度がスタートしますので、この機会に、弁護士という職業がこの社会に存在する意義についてお話をさせて頂ければと存じます。

弁護士の職務を規律する法律として「弁護士法」という法律があり、その第1条には「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」と定められています。法律の第1条というのは、その法律を制定した目的が書かれているのが通例と言えます。例えば、古磯さんに最も関係のある建築基準法の第1条には「建築物に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする」旨が規定されているようにです。
この弁護士法第1条からも弁護士の存在意義がお分かり頂けるのではないかと思います。弁護士が擁護すべしと定められている「基本的人権」とは、思想良心の自由、表現の自由法の下の平等など、人間が人間であるということだけで生まれながらに当然に享有する権利であることは、いまさら申し上げるまでもありません。そして、日本国憲法で保障されている基本的人権の1つに「裁判を受ける権利」があります。この裁判を受ける権利を保障するためのハード面が三権分立の下の裁判所であり、ソフト面が弁護士であると言えます。取り分け、刑事裁判における弁護士の役割は重要であると言うことが出来ます。

かつて刑事裁判においては、自白が「証拠の王様」と言われ、自白を得るために拷問まで行われていたという歴史的な事実があります。日本においても、犯人と決め付けられて、食事を与えない、眠らせない、取調中の暴力などによって嘘の自白を強要され、あるいは証拠を捏造されて、死刑判決を受け、その後、再審により無罪となった冤罪事件があります。免田事件(逮捕から再審無罪判決まで34年)、財田川事件(同34年)、島田事件(同35年)、松山事件(同29年)などは皆さんも聞かれたことがあるのではないでしょうか。裁判になれば裁判官は本当の事を分かってくれるに違いないと考え、過酷な取り調べから一時的に逃れるために嘘の自白をしてしまうのですが、いざ裁判になると、本当にやっていないのなら自白をする筈がないとして、有罪とされてしまうのです。

極悪非道な殺人犯には弁護士などつける必要はないというのは、悪いヤツに決まっているのだから、さっさと裁判をやって早く刑務所に入れるべきだという趣旨ではないかと思われます。しかし、そのような発想は、皆さんにも降り掛かってくる恐れがあります。ある日突然、あなたはまったく身に覚えのない嫌疑で逮捕されます。犯人と決め付けられ、連日連夜厳しい取り調べを受け、あなたの言い分は一切聞いてくれず、起訴されてしまいます。そして、裁判所でもあなたは犯人と決め付けられ、弁護士を依頼することも許されず、あっという間に裁判は終わり、無実の罪で刑務所に送られたとすると、どのように思われますか?どんな極悪非道な犯人に対しても、正しい裁判の手続によって正しい刑罰を科することを保障する、つまり「正しく刑務所に送る」ことによって、普通の市民が間違って罪を着せられそうになったときに、真実を明らかにして誤った結果を回避することが出来るのです。極悪非道の者も、普通の人も、すべての国民が等しく、正しい裁判を受けることが出来るようにしなければ、誤って無実の人を罰してしまう恐れがあるのです。

この現代社会で間違った裁判などはないと思われるかも知れませんが、果たしてそのように言い切れるでしょうか。あの地下鉄サリン事件に先立って発生した松本サリン事件という事件がありました。事件の第一通報者であった河野義行さんは、被害者の1人であったにも拘わらず、自宅に農薬を保管していたことから、最初は警察やマスコミなどから犯人扱いされたことは皆さんもご記憶にあると思います。もう駄目だ、犯人にされてしまうと諦めたと河野さんが後日述懐されたほどです。河野さんにつかれた弁護士も、犯人を不当に庇う者として同様に悪人扱いでした。しかし、真実はご承知のとおりであり、幸いにして冤罪には至りませんでしたが、もしかしたら河野さんは間違って処罰されていたかも知れません。また、痴漢の冤罪事件に巻き込まれた青年の戦いを描いた映画「それでもボクはやってない」をご覧になった方もいらっしゃると思います。
そして、誰もが正しい裁判を受ける権利を保障するためには、たとえどんな極悪非道な犯人であったとしても、その犯人の権利や正当な利益を守る役目を担う者が必要となってきます。刑事事件の被疑者や被告人は、専門的な法律知識を有する国家権力である検察官や警察官と対等に渡り合わなくてはなりませんが、たった1人では大きな困難を伴うからです。では、その役目を担う者は誰なのでしょうか?検察官は訴追する立場にあり、裁判官は中立でなければなりません。そうです、弁護士しかいないのです。刑事裁判の被告人が、適正な裁判手続の下で、正しく事実の認定を受け、適正な刑罰を受けることが出来るようにするために、被告人の人権を擁護する任務、逮捕から判決に至るまでの刑事手続が適正に行われるように監視する任務を弁護士が担っているのです。

日本国憲法は、第31条から第40条までを割いて刑事手続に関して多くの規定を設けているのですが、第37条3項には「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。」という規定があります。「弁護人依頼権」と呼ばれる刑事被告人の重要な権利の1つですが、ここにいう資格を有する弁護人とは弁護士のことです。この弁護人依頼権を始めとする刑事被告人の種々の権利は,過去に刑事手続の過程で不当な身柄の拘束や、自白の強要などの様々な人権侵害が行われてきた過ちに対する深い反省を踏まえ、適正な刑事裁判を実現するためにたどり着いた人類の英知の結晶であると言われています。そして、この弁護人依頼権が、日本国憲法が保障する基本的人権の1つであるからこそ、皆さんの税金を費やしてまで国選弁護人をつけるのです。

どんな極悪非道な殺人犯にも弁護士がつくのは、クロをシロとするためでもなければ、刑罰を少しでも軽くするためでもありません。たとえどんな犯人であったとしても、その者の裁判を受ける権利を守ることによって、一般市民の権利も侵害されることのないようにしているのです。極悪非道な犯人の人権を守ることによって、延いてはあなたの人権を守っているのです。弁護士という職業がこの社会に存在する理由の1つをお分かり頂けましたでしょうか。どんな極悪非道な犯罪者の人権であっても保障する国家でなければ、一般市民の人権は保障されません。それとも、社会から犯罪者を徹底的に排除するためであれば、1人や2人は無実の犠牲者が出ても仕方がないとお考えになりますか?その1人があなたであったとしてもでしょうか?



◆今月の隆眼−古磯隆生

−謎解き−

昨年の秋は久し振りに美術館巡りしました。東京国立博物館平成館の「大琳派展」に始まり、国立新美術館の「ピカソ展」、そして西洋美術館の「ウィルヘルム・ハンマースホイ展」でした。どこも人・人・人でした。
三つの展示場を廻わり、期せずして美術館としての建築的“質”を見比べる機会を得た訳ですが、観賞空間としてはやはり西洋美術館(ル・コルビジェ設計)は優れていると実感しました。“観賞するということはどういう事なのか”が大切に意識された設計です。その意味で国立博物館国立新美術館も落第でした。静かに、落ち着いて作品と対峙できる観賞空間が確保されていません。
さて、三つの展覧会の中で、取り上げてみたかったのは「ウィルヘルム・ハンマースホイ展」です。
デンマークの画家ハンマースホイの絵はこの展覧会を見るまで知りませんでした。“不思議で限りない静寂”を漂わせる絵です。その静寂感は会場を支配していました。気に掛かる絵がありました。妻の肖像画「イーダ・ハンマースホイの肖像」です(写真添付)。
暗く、沈んだ色調で、テーブルの前に座る妻が描かれています。疲れ、血の気が失せたような無表情で精気の無い妻。空(くう)を見る様な眼差しは焦点を結んでいない。その妻の前に置かれた白いコーヒーカップ。右手に持ったスプーンはこのカップに差されています。はっとする程にこのカップの“白さ”は一際白く、やけに輝いている。肖像画であるはずなのに妻の象はまるでこの白いコーヒーカップを描くための背景のような扱いです…。ここにこの作者のこの絵に対する表現上のヒントがあるように思いました。この白いコーヒーカップに絵の焦点を与え、その白さを際立たせる事によって、“妻の肖像画”という主題を反転変容させる。そのことによって妻への或いは人間への想いを前面に押し出すことを控え(感情移入を避け)、対象化するすることによって“不思議で限りない静寂”の世界に溶融させて行く…。そこには、この作者の全ての絵に通底する対象との距離の取り方があり、作者自身が包まれ(多分)る独特の静寂な世界の中に対象を溶融させて行く。それによってこの不思議で限りなく静寂な絵の世界が生み出されていると感じました。“異質な透明感”、“寂しさが取囲む静寂”を感じる不思議な時間でした。


◆今月の山中事情40回−榎本久(飯能・宇ぜん亭主)

−帰巣本能−

去年今年(こぞことし)貫く棒を持ちたけり

私の本年の賀状に書いた拙句です。ほとんど高浜虚子の句の引用でもある。還暦を過ぎた者が今だ右往左往している姿が見える。新たな年になってしっかり物事を貫く気持ちを持たなければと思いつつそれを支える棒を探しているのである。
このコラムを担って四十回目を迎えた。拙文のオンパレードであったにもかかわらず、読んで下さってる方がいるからと、当の古磯氏は意に介さず原稿を求めてくる。一介のめし屋のオヤジのたわごとにである。旧臘(去年の十二月)のとある日、久し振りに車で東京に出かけた。目的は若いカメラマンの写真展が新宿三丁目のギャラリーで開かれていることを新聞で報じていたからだ。南大東島を撮った写真展だ。以前からそこに行き度くて、写真家に会って島の様子を聞きたかった。
ここ数年、二月になると決まって与那国島に出かけていた。次は所を替えてみたかった。それが南大東島なのである。そこは我が国最東端の島である。行政的には沖縄県の離島だが、意外にも住民はかって八丈島あたりからの移民も多く、沖縄の独特の文化とは大分違うらしい。この目で確かめたら書かせていただく積もりだが果たしていつになるやら。
それにしても、車を友人宅に置き、この場所に来る迄地下鉄を利用したが、新宿周辺の地下は変貌著しく、出口番号をキョロキョロ探し歩く己の姿はまるで「お上りさん」だ。やっと地上に出ても、モグラが地上に出たごとく、一体そこがどこなのかしばらくしないと判断できなくなっていた。この街の近くに住んでいた者が、三年以上この街を歩かないと解らなくなってしまうことが悲しかった。写真展を見て、三越新宿店のジュンク堂書店により、頼んでいた本を受け取る。伊勢丹の食堂で昼食を食べ、ギャラリーに立ち寄り、その後地下プロムナードを新宿駅に向かって歩いた。このプロムナードを女房や子供達と一体何度歩いただろうかと思ったら、かつてのことが急に募ってきた。
全ての用が済んだので新宿駅に向かったのである。友人宅には小田急線代々木八幡で降りるのであるが、私は躊躇なく京王線の改札口で「パスモ」をかざして入っている。そして各停の1番線にたたずんでいた。アナウンスがあった。「1番線に入る電車は笹塚駅まで停まりません。初台、幡ヶ谷方面は京王新線にお回り下さい。」と言っている。「ウン?笹塚?いけねえ間違って入った。小田急線に行かねば」と私は自分に言っていた。事情を駅員に話し、改札口を開けて貰い、小田急駅に向かったのである。昔の私の住まいは、新宿に用があれば電車は京王線のみである。最寄りの初台駅を利用していた。もちろんバスもタクシーもあるし、最近は大江戸線の駅も出来たが、もっぱら京王線を利用していた。この日の私は渋谷区本町四丁目住民として振る舞っていて、友人宅に車を取りに行くこともすっかり忘れていたような錯角に陥っていたのである。慣れなのかハタマタ錯角なのか、私は動物としての帰巣本能をモロに発揮してしまった。(でなければただボケていたのかも知れない)
山から出て行ったある日のことでした。