★ Ryu の 目・Ⅱ☆ no.68

暑い暑い毎日です。如何お過ごしでしょうか。
いささか異様な雰囲気でオリンピックが始まりました。
一方で、それを隠れ蓑にするかの様に戦争が勃発しています。

ところで、あの洞爺湖サミットは一体何だったのでしょうか?
これほど地球が悲鳴をあげだしているのに。
今回のお二人の話題提供もそのことに触れています。

では《Ryuの目・Ⅱ☆ −no.68》をお楽しみ下さい。


◆今月の風 : 話題の提供は前回に続いて岸本雄二さんです。

−絶妙です−

絶妙な演技でこなしていくのが人の一生かな、と感じている今日この頃です。
野球の試合でシーソーゲームを繰り返し最後にはどちらが勝っても見ごたえのある試合もあります。また一点を争う緊張した試合になる場合もありますが、時間と金を有効に使ってよかったと感じる試合にはまた観にきたくなるものです。しかし、どちらかといえば、私はピッチャーもピンチヒッターも使い果たしたドラマ満載のお祭りのような楽しい試合が好きです。相撲でも同じことが言えます。押し一筋の力士同士の水入りの長い変化の少ない取り組みよりも、投げの打ち合いの末、力尽きる直前に勝負がつく、まさにスペクタクルであり、これがいまの私の趣向にあっています。またどのスポーツにもルールがあって、如何に「公正」にして「安全」に試合を運んで観客の興奮をさそい、また来ようという気持ちで家路につく、これが楽しいスポーツであり、平和を願うオリンピックにもつながっていくと思います。ギリシャ・ローマ時代からの競技と観衆が一つになって全員参加のイベント、このバランス感覚が必要です。

地球上の男女の数は大体バランスがとれているようですが、地球全体と全人口とのバランスは明らかに崩れてきています。ひとの身体に棲みついて食い荒らし、人が死に絶えたら食べるものがなくなって自からも死に絶える細菌の話を思い起こします。地球に住みついて地球を使い荒らしてきた人類は、いま地球に回復する機会を与えないと、もう少し積極的にいえば、地球が回復する手伝いを今すぐにも始めないと、手遅れになるでしょう。「妙」といえば、明らかに「多すぎる人口」が地球温暖化の根本原因なのに、「G8」の指導者たちは、まるでそれに気がつかなかったかのように素通りしてしまいました。経済、政治を自己防衛的、自国中心的だけに使わず、地球中心的に使ってもらいたいものです。現代の進歩した科学を結集して、地球と全人口とのバランスを保つための方程式を創りだせば、ノーベル賞間違いなしです。宇宙へ逃げることも一案ですが、先ずは地元から手をつけてもらいたいと思います。

スポーツの勝負ではその殆どを、いかに相手の「虚」を衝くかに集中します。「虚」は正々堂々としていないなどと文句を言ったら見当違いになります。よいルールはこの「虚」を衝く妙技を可能にして観客を唸らせます。一般にルールには「してはいけないこと」が説明されていて、同時に罰則も明記されています。「G8」では、地球規模の公害(CO2)について話し合っても、その原因を無視した最終報告をして、罰則をださず、あからさまに各国の利害のバランス感覚だけが表面にでて、最後にはバランス感覚を通り過ぎて、バランスの妙だけになってしまい、まるで手品師かサーカスのように妙そのものが浮き彫りになってみえました。

東京の蒸し暑い夏の夕方を想像し、ジョッキー一杯に注がれたビールをイメージしながら、自然に囲まれたクレムソンで妙な幻覚に囚われているだけなのでしょうか。頬をつねりながら 乾杯。
2008年7月10日、クレムソンにて


◆今月の隆眼−古磯隆生

『サポーター』

「安保反対!闘争勝利!」
のっけから過激?な言葉を発しました。何も40年前の日本を席巻した大学紛争の話をしようと言うわけではありません。先日、初めて観戦したサッカーJリーグでの印象がこの冒頭のフレーズと共震したのでした。今回は建築や街並みとは凡そ無縁な話です。

それにしましても、あのサポーターの応援エネルギーの凄さには圧倒されました。試合が始まる前から終わるまで二時間余り、途中のインターバルのわずかな休みを除いて、全身を使っての大応援です。観客席でその圧倒的音量を全身に受けながら、「そうだ、応援はこんな“単調な”リズムでなきゃーこんなに乗れないよな。こうでなくっちゃー!」とひとり評論家風に合点してるうちに、何か嘗て身に感じた同じようなリズムの記憶が蘇りました。それが冒頭のフレーズです。平行して、当時読んだ本の記憶に、単調なリズムは人の脳を洗脳する効果があり、デモ行進のリズムがそうであると言うような事が書かれていたことを思い出していました。
調べて見ました。著者は脳生理学者・時実利彦で、著書は「人間であること」でした。その中に「音楽の要素である、リズム、メロディー、ハーモニーのうち、リズムは理性、知性の座である新皮質系に対して、沈静的、麻痺的な効果を及ぼす。 … 一方で、抑圧されていた大脳辺縁系に宿る本能や情動の心が解放され  … 新皮質の前頭連合野の統御力が弱まり、耳に聞こえるもの、目に見えるものが、無選択、無批判に新皮質にたたき込まれる。  … 洗脳の原理である。」
そして「 … 集団行動に駆り立てる力を結集し、その威力を示すデモには、ジグザグ行進はつきもので … 」と。今読み返すといささかデモ嫌悪の感がしますが、脳の構造について当時関心を持って読んでいました。

今年の猛暑の中で二時間余りも…。余程の<憂さ晴らし>を求めているのだろうか?そうでも考えないと私には理解不能です。Jリーグは週に一回あるわけですから余程の<憂さ>が溜まらないとこうは出来まい。他人事ながら<憂さの仕入れ>が心配になります。それほど凄いのでした。昨今の日本の様々に閉塞してる状況では憂さを晴らさないとやってられない!気分は伝わります。無心になって没入する集団、嘗てのデモを彷彿させる強烈
な印象でした。初めてのサッカー観戦は思いも寄らないことに気を取られてしまいました。肝心のサッカーはというと、やはりテレビ観戦とは違って臨場感に満ち、選手全体の動きもわかり、楽しめました。
ビールを飲みながらの観戦は夏ならでは!!


◆今月の山中事情35回−榎本久(飯能・宇ぜん亭主)

−夕食会−

七月十日付産経新聞コラムから:
「枝豆がカラオケなどに続いて英語として認知されると共同通信が伝えた。次ぎに世界デビューを果たすのはどんな日本語だろう。北海道の高校生、松本早世乃(さやの)さんはエッセー『日本がなせる匠の技〈弁当〉』を世界共通語にふさわしいと主張した。この作品は、昨年東北大学文学部が創設した《青春エッセー阿部次郎記念賞》の最優秀賞を獲得した。松本さんは、毎日学校へ持っていく‘弁当’の世界に誇るべき効用を次々に挙げていく。まずお金が幅を利かせる時代に、わざわざ早起きしてつくる“慎ましさ”だ。ゴミを出さないから地球に優
しい。
何より作り作られることで、“思いやり”と“感謝”」を持ち続けることができると。

昨日(七月九日)閉幕した洞爺湖サミットについて、日頃から日本について辛口の記事が目立つ英国各紙が歓迎夕食会の豪華なメニューをやり玉にあげていた。キャビアやウニに舌鼓を打つ指導者が食糧危機を語るのは“偽善”だ」と。

二〇〇〇四年十月八日夕刻、当店にグッチジャパンの田代俊明社長(当時)と共にブライアン・E・ブレイクさんが来店した。ロンドンのバーバリー本社の社長である。
折しも、台風23号が荒れ狂う中、投宿していた帝国ホテルからわざわざびしょ濡れになって現れた。田代社長より予約を受けた時、私は困惑した。世界のVIPにお出しする料理など私には荷が重すぎた。「何をご用意すれば宜しいでしょうか?」と伺ったら「お店にお見えになるお客と同じものでいいですから」とおっしゃる。
田代社長は何度も外国の方をお連れして下さったが、いつも多人数なので、「肉なべ」を定番にさせて貰っていた。しかし今回は二人だけのお食事であったので、意を決して我が国の庶民の味「肉じゃが」を敢えてメーンにさせて貰った。ところがブレイク社長は意に反して三度お代わりをした。決して華美ではない、ありふれた「おかず」をお気に召してくれたのだ。

前述のコラムを読んだ時、わたしは二〇〇〇四年十月八日の夜のことを思いだし、「食」がもたらすその意味を考えさせられた。
サミットに関して言わせて貰えば、その初期、英国では首相官邸の狭い所で質素に行われたと言う。時は経ちだんだん大掛かりになり「話し合い」にしてはいかがなものかとなって来た。今回の予算は600億円。赤子から老人まで一人500円を払った勘定だ。
もう「偽善者」のお祭りは辞めた方がいいのではと私も思う。