★ Ryu の 目・Ⅱ☆ no.21

◆今月の風 : 話題の提供は岸本雄二さんです。

−知りたい−

私がまだ15歳の頃、バッハの音楽を理解したいと必死で思いました。ベートーベンもモーツアルトブラームスも好きでしたが、バロック音楽がどうしても好きになれませんでした。18歳でクラシックギターを始めて、よく分からないバッハを弾けるようになって気がついてみたら、バッハが好きになっていました。驚きました。今になってその時の嬉しい驚きを思い出してみますと、割合に単純な事に気が付きました。それは、バッハを自分の指で弾いて自分の耳で聞いていると次第に愛着が湧いてきたと言うことです。楽器を弾いて楽しむ音楽と、椅子に座って他人の演奏を聞いて楽しむ音楽とは同じようで、実は大分違います。同じことは、絵画にも、文学についても言えます。創作活動に参加するのと、他人の創作を鑑賞する違いです。創作活動をすると成功も失敗も全て自分にかかっています。特に新しいことをする時の未知の世界へ入る怖さと楽しさは病みつきになる程スリルに満ちています。

私はこのようにして、病みつきが次第に増えて、今では、一日24時間では足りなくなってしまいました。絵画、音楽、マラソン、経済開発、建築、教育 と人生まだまだ止められません。やりだしたら諦めきれない性質なのか、とにかく全てがスリルを伴った毎日を楽しんでいます。

私は、根本的には教育者だと理解しています。自分の考えや経験を他人と分け合いたいと言う感情を実行に移しているからです。大学で35年間建築を教えています。私の経験や思想の切り売りではなく、学生とともに成長したいという気持ちからです。教育は学生とのパートナーシップと思って実行していますし、建築設計も施主との共同作業であると心得ています。音楽も絵画も聴衆や鑑賞者と一体となり、十分に気持ちを分かち合いたいと努めています。マラソンはどうでしょうか。これは自分と自分との心の洗濯だと考える事にしています。

人は、生まれた時から周りの環境に興味を持ち始めます。見るもの聞くもの何でも知りたくなります。この何でも理解したいという欲張りのような欲求を満たしていくのが教育であり、人生ではないでしょうか。人は常に選択を強いられます。就職や、結婚や、趣味などと色々の選択があるように見えますが、実は、選択がある人は幸せです。選択のない人が意外に多いからです。家庭教育も学校教育もその本質は、選択の出来る環境を整えてあげる、につきるのではないでしょうか。そして、その選択が豊かな人は、知りたい理解したいと言う欲求を満たせる環境に恵まれた人のように思います。

来年の4月には何回目かのギター・リサイタルを自分の油絵の個展に囲まれて催します。理想は、自分の設計になる美術館での個展・演奏会ですが、これは、夢のまた夢でしょうか。夢でもいいからやってみたいと、祈るような気持ちです。

クレムソン大学教授 岸本雄二

 

◆今月の隆眼−古磯隆生

『まちの中の静寂(沈黙)』

この夏の異常な暑さにはいささか辟易としましたが、これが或ることを再発見させてくれたのではないでしょうか。“木陰のありがたさ”です。ジリジリと照りつける太陽から一時的にせよ逃れ、一息つき、生きた心地を回復させてくれました。
都市は様々の要素で構成されていますが、まちの中にもほっと一息つける静寂空間があります。神社の境内です。喧噪に覆われた都市空間にあって一種、都市の<沈黙>の部分と言っていいかも知れません。大きな枝に包まれたこの森閑とした空間は、喧噪を逃れ、癒しを求める人を受け容れ、包み込んでくれるそんな場を提供していて、変化してゆくことを宿命づけられた都市の中で人知れず息づいているように思います。
この場で欠かせないのがお清めの水ですが夏の時期ともなればこの冷たい水と凛とした空気そして蝉の声がセットになった境内の木陰はとても快適な「季節の場」を提供することになります。昔懐かしい鎮守の森のイメージがオーバーラップされます。どなたもご経験がお有りでしょう。
こんなイメージを抱いていた私ですが、先日、奈良橿原神宮に行く機会がありました。昭和15年に建立されたこの神社の空間にある種の違和感を覚えました。戦争を控えた建立の時期から想像するに、この宗教儀式空間の構成に或る意図を感じたからかも知れません。多数の人間の集散・移動に主眼の置かれた構成、そこには日本の緻密な宗教儀式空間づくりとは異質な空間を感ぜずには居られませんでした。


◆今月の味覚−榎本久(羽前亭主)

「とろトロとろ」ぶっかけ

このところの暑さで食欲減退の方も多いはず。しかし、人間は食べないとおかしくなる。火をいじるのは嫌かも知れませんが一寸手間をかけた冷たい食事を作りましょう。きっと食欲を誘うかも知れません。
オクラとなめこをと長芋を買ってください。オクラは青くきれいに湯がいてください。湯がきが悪いと青く仕上がりません。5ミリ位の小口に切ってください。なめこはしっかりゆでてぬめりを取ります。長芋は粗めのみじん切りにします。すべてを仕上げましたらよく冷やしておきます。材料の量は人数に応じて適当に揃えてください。多めに用意しても良いと思います。次ぎに味噌汁風かそばつゆ風かを決めてそのつゆを作り、これも冷やしておきます。食事直前に先の冷えたつゆに具を入れ大きめのどんぶりにご飯を盛り、そこへ「とろトロとろ」汁をかけます。切り胡麻、茗荷、のり、塩さけのほぐしたもの等オプションでどうぞ。
暑さ対策は豪快に食べましょう!