★ Ryu の 目 ☆ no.8

◆今月の隆眼 and ◆通りすがり

<無言の会話…ふとした出会い>

先日、岡山県牛窓町で小さな不思議な建物に出会いました。瀬戸内海を見渡す丘陵地に建てられた木造のこの建物は5〜60年は経過してると思われます。数年前まで画家のアトリエとして使用されていたそうですが現在は閉鎖されていました。もともとは庵風情のゲストハウスか別荘といったところです。
瀟洒な佇まいに惹きつけられ何気なく近寄って見ました。何と、石積みの壁、平瓦を練積みした壁、土壁、檜皮の壁、…いろんな材質で外壁が構成されているではありませんか。石積みも野石から切石までさまざまです。屋根は赤瓦を使って寄せ棟風に大らかに架けられています。大正ロマンの雰囲気漂う洋風数寄屋の趣です。
面白さは建物の外観だけに留まりません。海に面したテラスには御影石が不整形に敷き詰められ、前方にオリーブの園が拡がり、そして数十メートル先にはメタセコイアでしょうか、三〜四十メートルの高さの真っ直ぐ伸びた針葉樹が五本、建物に向かい合うように一定間隔に並んでスクリーンのようです。この‘樹木のスクリーン’を通して望む瀬戸の眺めはまた格別の風景を提供していました。
瀬戸内海への眺望が開けるこの庵の前方に敢えてその視界を遮るかのように‘樹木のスクリーン’を設けたわけは何か。ひとつはこのスクリーンを屏風に見立てたオリーブの園の演出だったのではないか。もうひとつは樹間に映る瀬戸の眺めを満喫するためだったと想像されます。このシースルーなスクリーンを1枚設けることでこの両方を同時にものにする仕掛けだった…。
結果、スクリーンの手前側と向こう側が意識されることになり、‘ 庵 − 瀬戸の海 ’という中間が除外されて距離感を喪失した直線的、短絡的な結びつきが回避され、‘ 庵 − テラス − オリーブの園 − 樹木のスクリーン … 瀬戸の海 ’と海に至るまでのグラデュエーションが感覚され、更に遠くの瀬戸の島々へと連続してゆく様が意識させられることになっていました。
この建築家あるいは趣味人は建物だけにとどまらず、瀬戸内海の味わい方までも想像し、そして大胆にも、この小さな小さな建物から瀬戸内海までを我が世界にしてしまった。瀬戸を背景に(借景として)、樹木のスクリーンを屏風に見立て、茶を喫しながらオリーブの庭園を愉しんでいた…と想像を逞しくした次第です。
この出会いは、見知らぬ先達との無言の会話をするきっかけになりましたが、発想にスケールの大きさが感じられ、とても愉快な気分にさせられたひとときでした。