★ Ryu の 目・Ⅱ☆ no.45

◆今月の風 : 話題の提供は高木 嗣朗 さんで、写真付き(添付)です。

−韓国ソウルの交通事情−

昨年の春からソウル市内の道路にベンガラ色のカラー塗装をする事になり、何度かソウル市内の道路で施工に立ち会ってきました。そこで感じた事を述べたいと思います。
今、ソウル市とその周辺では、バス専用レーンを中央車線側に設ける施策を進めています。韓国は、ご存知の方も多いと思いますが、日本以上の車社会になっています。ソウル市内には地下鉄もありますが、公共輸送機関としては路線バスが主体になっています。そのバスの多いこと、バス停に1台停車すると常時3台4台がつながってしまう状態で、イメージとしては都電の荒川線が5両連結で停車しているようです。また、道路に目を移してみると東京より広く、片側3車線以上の道路が縦横に走っていますが、日本と同様に駐車車両が多く慢性的な渋滞状況となっていて、バス停が歩道側にあると駐車車両の影響をもろに受けるため、遅々として進まない状況に陥ってしまいます。
そんな状態のバスでは利用客が少なくなり、その人たちが車を使用するために更に渋滞がひどくなる。この悪循環を打開するための施策として進めている中央車線のバス専用レーン化だと聞きました。その効果は確かにあるようで、中央車線を走るバスは速度が速く、かなりスムーズな輸送機関としての役を果していま。
道路中央にあるバス停は、一段高く目立つ造りになっていることと、信号機のある横断歩道を利用しているので、乗降客の安全は十分に保たれています。総合的に見て、この政策はかなり効果をあげているように感じました。
翻って、都内のバスを考えた時、利用する頻度はかなり少ないのではないでしょうか。時間の読めないバスよりも、やはり電車を利用するか、自分の車で移動してしまう事の方が圧倒的に多いと思います。
路面電車を復活させようという事をよく新聞などで見かけますが、ソウルのような中央車線のバスレーンも考えてみてはどうでしょうか。駐車車両の影響を受けず、かなりスムーズに走れるようになるのでは、と思います。
外の景観を見ながら移動する事が好きな、私のようなタイプの人には、地下鉄よりも人気が出るかもしれません。
最後に、路上の工事現場に出前で届いた韓国風ジャージャー麺とキムチがたいへん美味しくて、排気ガスも気にせず食べられたこと、パワーあふれる作業員のおじさんたち(私より若い)と楽しく仕事ができたことは、30年ほど前の新入社員のころが思い出されるうれしいひと時でした。


・話題を提供して下さった高木さんは、交通安全施設(道路標識、路面標示、鉄道信号用銅線、絶縁材など)を製造、施工している信号器材株式会社にお勤めで、路面標示用塗料(横断歩道やセンターラインの塗料です)の配合設計及び道路用塗料関係を主とした開発を担当されてるそうです。
「宇ぜん」での私の飲み仲間で、とても魚に目のない方!


◆今月の隆眼−古磯隆生

−私の夏休み−

雨模様の井の頭公園。まだ昼までには少し間(ま)がある。人影はまばらだけど周囲は蝉の声に満ちあふれている。何故か水に引き寄せられるように池に沿って散策し始める。8月のお盆の一日、予定していた鬼カサゴ釣りが台風の影響で中止となり、図らずも訪れた予定のない束の間の我が夏休み。程なく雨も止み、辺りにはムッとした空気が漂い始めた。
まず目に入ったのはエノキの老大木である。幹は苔に覆われていて、この公園の主のような大木は、この公園の歴史を物語る存在か…様々に角度を変えて見上げるとあのトトロの森を連想させる。その枝はまるで意志があるかのように方々に伸びていて、あたかも蠢いてるようだ。
水際に沿った桜の木々はしだれ懸かるように池を覆っている。毎年春には見事に花を咲かせ、人々の目を楽しませてくれる。その枝越しに目を遣ると静かな水面に一条の波、鴨のお通りだ。何となく微笑ましい光景が展開されて行く。ふと足下を見ると、雨上がりの水溜まりが青々とした樹木を映し出している。枝からの水滴が同心円の模様をあちこちに描き出している。何かリズミカルで、音を観ているようだ。一方で、関東ローム層の黒っぽい土に浮かび、濃い緑を湛えたこの水溜まりは、あたかも黒い大地が忽然と瞼を明け、緑色の目で人間世界を覗いているようなシュールな光景にも思える。
公園の中で一直線に真っ直ぐ伸びた木を見るのも珍しい。一際目立つこの木は桧である。天に向かってどこまでも一直線に伸びて行く様で爽快である。水際ではハグロトンボが休んでいる。水を背景にこの黒はなかなか粋だ。去年の異常な夏の暑さの影響で紅葉せずに葉を落とし、新緑の頃、葉を着けるのが遅くて心配だったケヤキ達も枝いっぱいに葉を湛え、水を浴びて青々としている…生きている!
しばらく散策の後、公園沿の店で一休み。250円のブレンドコーヒーと200円のバナナカスタードが味覚を刺激する。ガラス越しに拡がる緑の風景に部屋のシーリングライトが点々と写され、これまた面白い一枚の光景を提供してくれる。余韻を感じさせる間だ。
緑に囲まれた時空はすばらしい。それは限りなく感性を刺激してくれる。嘗ては都会の喧噪が刺激を与えてくれていたが、今では自然の営み、変化が限りなく想像力を掻き立ててくれる。こんな夏の一日でした。


◆今月の味覚−榎本久(飯能・宇ぜん亭主)

−山中事情12(今回より改題)−

一年前の話だが、開店前日のため何かと準備に忙殺されていた。井戸水も使用しているので外の井戸端で魚の下洗いをしていた。血の固まりなども洗い流していた。うろこやぬめりも当然だ。
別の要件で上にある小屋に行き、戻ってきたところその井戸端に大蛇がいた。1メートル以上の長さで、青白い皮膚と大きな頭が両目に映った。私の足音が聞こえたのかその頭をくるりと回し、アラビアンナイトの笛使いのコブラのごとく立った。そして踵を返して藪の中に消えていった。その間10秒も経っていなかったと思う。恐怖と畏敬の念の混じった、誠に不思議な気持ちで立ちすくんでいた。青大将だった。
おそらく彼は「オイ、お前、都会から来たんだって?」「俺のことよく覚えておけ」「俺はずっとここに棲んでいる。まあ悪いようにはしないが俺がいるということ位は知っていてもらいたいもんだ」「一応これからはお前を守ってやるから、まあそんなご挨拶だ」「魚の臭いがしたもんで、血合いごちそうになったよ」と言っているように思えた。瞬間私の頭の中で、都会と山間部のスイッチが切り替えられ、こういう生き物とも仲良くしなければならない掟みたいなものを感じた。
それから一年が過ぎてしまった。大蛇は以来一度も姿を現していない。もし神の化身であるならばつつがなく一年を過ごさせていただいたことにもっと感謝をせねばならないと思う。そしてちょっと欲を言って申し訳ないが、この店にもっと多くの人々が寄っていただけるようにしてもらえればこの上ない喜びなのだが、それは他力本願すぎることなのでしょうか?